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スローライフを楽しむ旅をご提案。宮崎の宿

くしま温泉いこいの里

串間市大字本城987番地

TEL 0987-75-2000

幸島kouzima

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40年続くサルの体重測定 イモ洗いの幸島、京都大学研究所


 宮崎県の幸島で行われている野生ザルの体重測定=4月

 イモ洗いや麦洗いなどの文化的行動をするサルの生息地として知られる宮崎県の幸島で、京大野生動物研究センター幸島観察所(同県串間市)が約40年にわたり、世界的にも珍しい個体識別による野生ザルの体重測定を続けている。研究の基礎データとして活用、これまでに幸島のメスザルの妊娠可能体重などが分かったという。

 幸島は宮崎県南東部の石波海岸の沖合約150メートルに浮かぶ、亜熱帯性の照葉樹林に覆われた周囲3・5キロの無人島。約100匹のニホンザルが生息し、1953年に土の付いたイモを洗って食べるサルが確認された。

 今年4月上旬、同観察所のボートが幸島の砂浜に到着すると、7代目のボスザル・ホタテを中心に約60匹が出迎えた。技術職員冠地富士男さん(62)ら2人が、エサの小麦4キロ入りのリュックサックを背負って浜に上がり、地面に並べた四つのはかりに小麦をまいた。

 次々とはかりに飛び乗るサルを特徴で見分け、手際良くメモ帳に名前と体重を書き込む。この日の作業は約2時間。測定は月1回実施している。

幸島のニホンザルの中で最初にイモ洗い行動をやったのは「イモ」と名付けられたメスの子猿。イモ洗い行動はその後徐々に群れの他の猿たちに広まります。そしてある日、「100匹目の猿」がこの行動を習得した時、それまでゆっくり群れ内に広まってきたイモ洗い行動が突如として群れ全体に広まり、さらに遠く離れた日本各地にも広まった・これが「100匹目の猿現象」と云われ、その石碑が対岸の丘の上に立っている。

三戸サツヱさん死去Add Star

| 10:43

『幸島のサル』、小学校の時にボロボロになるまで何十回と読み返した愛読書でした。

幸島のサル (みやざき21世紀文庫)

幸島のサル (みやざき21世紀文庫)

心よりご冥福をお祈りいたします。

サルたちの遺言  宮崎幸島・サルと私の六十五年

サルたちの遺言 宮崎幸島・サルと私の六十五年

2012年4月7日20時48分

芋洗って食べる猿、50年以上観察 三戸サツヱさん死去

幸島でサルに囲まれる三戸サツヱさん=2002年12月、宮崎県串間市の幸島で、江口和裕撮影

 サツマイモを海水で洗って食べる「文化猿」で知られる宮崎県串間市市木の離島・幸島(こうじま)で、野生ザルを半世紀余り観察し続けた三戸サツヱ(みと・さつえ)さんが7日午後1時35分、老衰のため宮崎市で死去した。97歳だった。通夜は8日午後6時30分、葬儀は9日午前10時30分から宮崎市柳丸町62のみやそう会館で。喪主は長女前田水無子(みなこ)さん。

 広島市生まれ。1931年に旧制高等女学校を卒業後、朝鮮半島で教職に就いた。戦後、串間市に移り、小、中学校で教壇に立つ傍ら、サルの観察を始め、イモを運んでサルを餌付けし、顔を見分けて「戸籍」をつくった。日本のサル学の第一人者だった故今西錦司京大・岐阜大名誉教授ら多くの研究者と交流。70年に教職を退いた後も、京大霊長類研究所幸島野外観察所の非常勤講師として調査に携わった。

 94年には、80歳で「幸島自然苑」を設立して野外教室などを開いた。92年に浮上した九州電力の原子力発電所立地構想には、環境保護の立場から反対運動を展開した。

 自然保護にも積極的に取り組み、74年に吉川英治文化賞、92年に環境庁長官賞を受賞した。著書に「幸島のサル」「わたしの孫は100匹のサル」などがある。

http://www.asahi.com/obituaries/update/0407/SEB201204070020.html

芋を海水で洗うサル発見、三戸サツヱさん死去

 芋を海水で洗って食べる「文化を持つ猿」の発見者として知られ、霊長類研究の進展に貢献した宮崎県串間くしま市市木、元京都大霊長類研究所研究員、三戸サツヱ(みと・さつえ)さんが7日、老衰で死去した。97歳だった。

 告別式は9日午前10時半、宮崎市柳丸町62みやそう会館。喪主は長女、前田水無子(みなこ)さん。

 広島県出身。結婚後、朝鮮半島に渡って教職に就き、引き揚げ後には、小学校などの教師を務める傍ら、串間市沖の幸島こうじまで、日本の霊長類学をリードした京大の今西錦司名誉教授(故人)らと一緒にニホンザルの餌付けや観察に取り組んだ。1953年、塩味をつけるためなどに行う「芋洗い行動」を発見。1匹が始めた行動は群れに広がって文化として根付いており、「人類以外の動物も文化を持つ」と世界に発表され、衝撃を与えた。

 写真に写った猿の顔をすべて覚え、「私は猿の戸籍係」と語るなど、地道な活動が発見につながった。

 その後、京大霊長類研究所の研究員、京大非常勤講師として島の対岸にある観察施設(現・京大野生動物研究センター付属幸島観察所)を拠点に半世紀以上、研究を続けた。74年、吉川英治文化賞を受賞。「幸島のサル」「ボスザルへの道」などの著書がある。

 チンパンジー研究で有名な松沢哲郎・京大霊長類研究所前所長(61)は「三戸さんの業績は歴史的にとても重みがある。当時のニホンザルの観察がなければ今のチンパンジー研究はない。この日が来るのは覚悟していたが、一つの時代が終わったようで残念」と話した。

(2012年4月7日19時28分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120407-OYT1T00549.htm



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